Brett AndersonのCoal Black Mornings 翻訳ブログ

Brett Andersonの自伝翻訳ブログです!

CBM その38

ブレ様自伝翻訳行きます! ど素人が雰囲気で訳した不自然文体でも気にならない方のみご覧ください。原典読まれた方で、明らかにおかしい箇所ありましたらご指摘お願いします。誤字脱字のご指摘もお願いします。

 

 振り返れば、僕を定義づけることで終わった作曲したメロディーが、奇妙だけれど直裁な、僕が家で聞いたもののコンビネーションだったことがわかる。父の大言壮語の音楽からは逃れようがなく、その尊大さに度々尻込みしていたにも関わらず、僕が潜在意識でそのドラマからいつも何かを得ようとしていたことは否定できない。嵐のような知的闘争と、不愉快な相反する討論を僕らはよくしていて、僕に基礎を築き上げ、テーマにおける意見を高く持たせた。似たような宗教的熱狂と見解は、古いビル・シャンクリーの金言を順応させることで、僕の中に染み込んだ。それは単なる生死の問題ではなく、それ以上に重要なものだった。それは僕が決して謝罪すべきだと感じなかった「姿勢」だった。まじめ腐った顔のアンチがそう見させたかもしれないにも関わらず、だ。数年後、僕らはプレスに「ジョイ・ディヴィジョン以来の最もユーモアのないバンド」と評された。皮肉たっぷりのつまらない意味しかなかったけれど、僕は大いなる賛辞であると受け取っただけだった。些末でありふれた事象を超える重さと重力を持つ音楽が巧みに変化し人生肯定的で天上的でもあることが何かあるのだろうか? 僕が本当に嫌ってきたのは音楽にあるアイロニーで、本当の自分自身を曝け出す勇気も覚悟もない連中がそれらを隠すマスクにし、一種の臆病さと見られることだった。僕は父の凶暴な情熱を持ち、それを時折深刻に受け止める事実と、冗長な僕の人生の話の間、音楽が絶対的に僕の全てを意味していた事実に、感謝している。