Brett AndersonのCoal Black Mornings 翻訳ブログ

Brett Andersonの自伝翻訳ブログです!

CBM その33

ブレ様自伝翻訳行きます! 超グダグダ文体! 日本語として不自然! そんなんでも無問題! という心の広い方のみお読みください。原典読まれた方で、明らかに違う箇所ありましたら、ご指摘お願いします。誤字脱字の指摘もお願いします。

 

 正式な教育の欠如は、彼が否定されたと感じた知識への渇望を彼にもたらした。彼は歴史に耽溺し、これの戦い、あれの陥落についての終わりのないクイズで僕らを探った。僕らは永遠に、城と教会と田舎の貴族の邸宅を急ぎ押され、怒っているように雨垂れが車の屋根を穿っている間、数え切れないジメジメした国立公園の駐車場に座って、魔法瓶から苦い紅茶を飲んでいた。薄れゆく大英帝国の影響の中に生まれ、彼は決然とした王室支持者だった。ウィリアム征服王から、全ての王の生没年と王位継承順を暗誦することができた。BBC2の放映時間の終了に間に流れる国家に立って背筋を伸ばして敬礼した。僕らはこの独裁政治のシンボルーーー古い英国硬貨と切手ーーーを集め始めた。ジャンクショップとみずぼらしいアンティーク市を、僕らの財産となる得難い掘り出し物を探して渉猟した。振り返れば、これが、つまるところ僕がまだ可愛らしい単純な子供だった黄金期で、思春期の怒りの種子からは遠く、まだ全ての息子たちが信じざるを得ない神話を信じていたのだった。父親は強く完璧で常に正しい、という。重大な点があるのは、僕らの埃っぽいペニー・ブラック(スケボーのブランド)と初日カバー(切手の発行日当日の消印が押された郵便物)の世界をかき回して探す間、僕らは不可分で、迷い共に閉じ込められていたということだ。僕が彼に挑むにはまだまだ子供で、父も、彼が自分の父親と持つことはできなかった一種の愛情の絆を僕に与えようと欲する親子関係を築くのに、十分すぎる夢を見ていた。きっと父は、僕の祖父の怒りの拳によって彼を否定した子供時代の躾に僕を生かしたのだろう。事実、僕がいたる所にあった70年代のエアフィックス(イギリスのプラモデル会社)のプラモデルキットを買ってもらうと、作ることを要求するのは父だった。僕を見る側に追放し、僕の拙い子供の手先を否定した。決して疎外されたとは感じられなかったけれども、思慮深く奇妙な思いやりだった。僕への優しさを通じて、彼自身の子供時代の亡霊に彼は優しさを渡しているという感覚があった。僕も、僕自身の子供の傷つきやすい姿を凝視すると、同じ奇妙な感覚を覚えることがある。それがきっと、自然と息子が父親に似るという理由の一つだろう。